大判例

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大阪高等裁判所 昭和39年(う)1239号 判決

主文

原判決中、被告人吉田雅也、同田中修に関する部分を破棄する。

同被告人らを各懲役一〇月に処する。

被告人田中に対し本裁判権確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人吉田雅也から金一三五万円を追徴する。

本件公訴事実中、被告人田中修は遠藤撰三郎と共謀のうえ、被告人吉田雅也に現金一五万円を贈賄したとの点(昭和三七年六月一四日付起訴状中公訴事実第二の一)につき、被告人田中修は無罪。

当審における訴訟費用は被告人両名の負担とする。

理由

弁護人佐伯千仭、同井戸侃の控訴趣意第一点について。

論旨は、原判決の法令適用の誤りを主張し、要するに、原判決は、被告人吉田雅也は、美陵町議会議長の職にあつたもので、同町施行にかかる工事の請負についてその入札参加業者を選定する権限を有していた同議会建設委員会に出席して意見を述べる等の職務権限を有していたものであると判示し、建設委員会が入札参加業者を選定する権限は、議会建設委員会の適法な職務権限の範囲にあることを前提として、被告人に有罪の言渡をしたものであるが、工事の請負について、町議会議長、ないしは町議会建設委員会が入札参加業者を選定することは地方自治法に違法な職務執行というべきであつて、議会建設委員会としては本来右のような権限を有しないのであり、右委員会が、入札参加業者を選定するというような執行機関固有の事務に立ち入ることは、議決機関と執行機関とを峻別する地方自治法に違反すること明らかである。このような事務は、本来、議会建設委員会の抽象的な職務の範囲内に属さず、これが、条例によつて行われていようと、慣例によつて行われていようと、違法であることに相違はなく、また、それが、議決機関である議会構成員の権限に属しない以上、それは、本来の職務執行行為でないことはもちろん、これと密接な関係のある行為であるともいえないから、被告人吉田雅也が、建設委員会において、あるいは同議会内外において、昭和工業所をその入札参加業者に選定するよう意見を述べ、あるいは建設委員に働きかけるなど尽力したことがあつたとしても、賄賂罪を構成しないというのである。

よつて考察するに、原判決が、被告人吉田雅也の職務権限について、所論指摘のように認定判示していること、および地方自治法第一〇九条に基く普通地方公共団体の議会の常任委員会である本件美陵町議会建設委員会が、法令上、同町の施行する工事の請負契約締結について、その入札参加業者を決定する権限を有しないことは所論のとおりである。すなわち、関係各証拠によると、本件美陵町議会建設委員会は、地方自治法第一〇九条第一項および同条項に基く美陵町条例第八号(美陵町議会常任委員会および特別委員会条例)により設置された地方自治法上の普通地方公共団体の議会の常任委員会であつて、議決機関である議会の内部機関として美陵町建設課および水道課の所管に属する事項に関する調査および議案並びに請願等の審査をする権限を有するにすぎず(地方自治法第一〇九条第三項、前記条例第二条。なお、町議会議長は、委員会に出席して発言することができる。同条例第一四条)、町の施行する工事の請負契約締結の手続の一環である入札参加業者の決定は、元来、執行行為に属し、執行機関たる町長の権限に属するのであつて、議決機関またはその構成員には法令上そのような権限は存しないのである。そして、地方自治法は、議決機関と執行機関との区別を明確にしており、議決機関が執行機関の権限に不当に介入することは違法の措置と解すべきこともまた所論のとおりである。しかし町長が、町政の円滑な運営を期するため、その権限に属する事務につき、慣例として、分掌事項上関連のある議員(当該常任委員会の委員など)に意見を求め、右議員らが、これに応じる意見を述べることは、それが町長の権限をはく奪するような不当な結果をもたらすものでないかぎり、地方自治法に違反する措置とまでは解せられないのであつて、これを本件に則して言えば、町長が、条例により議会の議決事項とされている契約の締結につき、分掌事項上関連のある議会常任委員会の委員などに対し、協力を要請するため、入札参加者の指名などについて諮問しまたは協議を求め、右委員等が諮問に応じて意見を述べ、あるいは協議に加わることは、その意見が町長を拘束するものでないかぎり、執行機関の権限に対する不当な介入として違法な措置と目すべきではないと解する(最高裁判所昭和三五年三月二日決定・刑集一四巻二二四頁。同昭和三五年四月二八日判決・刑集一四巻七七八頁参照)。所論は、美陵町議会建設委員会は、入札参加業者を決定する権限を行使していた旨主張し、原判決も、右委員会が入札参加業者を選定する権限を有していた旨判示しているけれども、原判決挙示の関係各証拠、ことに建設委員会書類綴、被告人吉田雅也の検察官に対する昭和三七年六月七日付、同月九日付各供述調書、その他、同被告人の原審並びに当審公判廷における各供述、当審証人稲岡鹿治、同西村壮一の各証言によると、本件美陵町は、昭和三四年四月二〇日、旧藤井寺町と道明寺町が合併して藤井寺道明寺町として発足し、昭和三五年一月一日から美陵町と改称したものであるが、旧藤井寺町および道明寺町においては、町長は、大規模な請負工事を指名競争入札の方法によつて実施するにあたつて、分掌上関連のある議会常任委員会に入札参加業者の指名などにつき諮問し、右委員会は右諮問に応ずる慣行があつたこと、美陵町においても、右従前の慣例を踏襲し、このような場合、町長は、入札参加者の適正、公正なる指名を確保するなど町政の万全な運営を期するため、慣例として、町議会建設委員会に前記のような事項について諮問し、同委員会においては、これに応じて会合を開き、同会合には町長、助役などいわゆる理事者、議長、副議長も随時出席して発言し、委員会の意見をまとめて右諮問に応じていたものであることが認められる。もつとも、原審証人稲岡鹿治(第一四回公判)は、入札参加業者は建設委員会が指名するのであつて、入札参加業者の指名決定権は建設委員会にある旨証言し、同人の検察官に対する昭和三七年五月三〇日付供述調書にも同様趣旨の供述記載が存するが、同証人の当審証言によると、町長は、入札参加者の指名決定について建設委員会に付議し、同委員会には、町理事者並びに町議会議長、副議長も列席のうえ、審議の結果だされた同委員会の意見はこれを尊重し、従前、その意見と異つた決定をした実例はないが、町長が、このように委員会の意見を尊重するのは指名業者の選定につき町の理事者に対する運動や汚職を防止し、議会との円満な協調を保持するためとの配慮にでているものであつて、その実質は、町長の常任委員会に対する諮問であることが認められ、また、本件美陵中学校建設第一期工事の指名競争入札の参加業者指名につき最終審議の行われた昭和三四年八月二八日の文教建設委員会議記録には、「町長―町当局へ一任されることは困る、委員会決定線で進むこととする。異議なし。助役―現在指名願の提出は七業者である。即ち岩出建設、今西組、奥村組、浅沼組、昭和工業、松村組、大末組であると報告した。右指名することに異議なし」との記載があつて、右の記載は町長が、入札参加者の指名を町理事者の独断にまかされては困るので、委員会でまとめた意見を尊重して手続を進める方針を述べ、一同これに賛成し、次いで、助役の提案した七業者を指名することについて、同委員会としては異議がないという意見があつたという趣旨と解され、以上諸般の証拠を総合すると、入札参加者の指名決定権はあくまでも町長にあり、委員会の意見は最大限尊重されてはいたけれども、町長の決定権を拘束するものではなかつたものと解するのが相当であり、この点に関する前記稲岡証人の原審証言、同人の検察官に対する供述調書の記載は、前記各証拠ことに同証人の当審証言に対比し、全面的に措信することはできないものと考える。結局、原審が、建設委員会に入札参加業者を選定する権限があつた旨認定判示したことは事実を誤認したものというほかはないが、さりとて、同委員会が前記認定のような程度、方法で町長の権限に属する入札参加業者の指名に関与したことをもつて、所論のように違法ということはできないこと、前叙したところからも明らかである。そして、被告人吉田雅也が美陵町議会議長として、前記条例第一四条による常任委員会への出席、発言権に基き、入札参加業者の指名について諮問を受け、これを審議する建設委員会に出席、発言する慣例上の職務は、町議会議員または議長としての職務行為自体ではないが、元来、町議会は、地方自治法第九六条第一項第九号による議決により、町長の権限に属する契約の締結につき関与する権限を有するものであり(本件契約の締結が条例により議決事項とされていたことは関係証拠上明白である)、また、同議会は、同法第九八条ないし第一〇〇条により地方公共団体の事務に関する検査権、調査権などを有し、建設委員会は前叙のような調査、審査権を有していて、これらの権限により、同町の工事請負契約の締結などにつき監督し得べき権限を有するものであるから、被告人吉田雅也の前記行為は、町議会議員または議長としての職務に由来し、かつ、慣例により右の職務と密接な関係を有する行為であるというべきである。されば、原審が、建設委員会に入札参加業者を選定する権限がある旨認定判示したことは誤りであるが、被告人吉田雅也が、町議会議長として右の同議会常任委員会の一つである建設委員会に出席して意見を述べ、かつ、同委員会外においても、町理事者や建設委員その他の議会議員に対し特定業者指名の運動をすることをもつて、被告人の職務に含まれる行為と解し、それに関して賄賂を収受した行為を収賄罪に問擬したことは結局正当であり、所論のような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。(山崎薫 竹沢喜代治 佐々木史朗)

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